2014年10月26日日曜日

兼六園 山崎山周辺

今回は、以前このブログで少し紹介した山崎山の周辺を散歩した。
成巽閣の前の花見橋の横を山崎山方向に歩いていくと曲水の中に「鶺鴒島」という島がある。ここには「三社」と刻まれた石額がかかる鳥居があり、その奥を聖域としている。この島は「神の島」として造形され、子孫繁栄の願いがこめられているという。




















島の中央の真ん中の歌碑を挟んで右側が女性、左側が男性の陰陽石が並び、誕生を表す。石の後ろには右が雌、左が雄の相生松が植えられ結婚を意味している。島の右端に立つ五重塔は墓で、死を表しているという。
ここの樹木、庭園工作物、自然石など非対称の組み合わせを全体として均整のとれた日本庭園となっていて、この配置の妙は他の庭園には見られないものだという。
反対側から見た鶺鴒島




















鶺鴒島の前のすぐ傍らに「五葉松」がある。葉が5本あることからというが、県内でも最大級の大きな「五葉松」であり、枝はいくつも分かれており、幹から枝とも激しくねじれている。
「鶺鴒島の陰陽石を見てヤキモチを焼いたからねじれている」という面白い説がある。


























曲線の上流のほうに少し歩くと背の高い灯篭があるが、これが「蓮華寺型灯篭」である。京都の蓮華寺といえば加賀藩重臣の1万石を超える今枝家が再建したことで知られているが、この寺の本堂前に建っているものとよく似ているという。(京都の蓮華寺には10年位前に訪れたことがある)


























このあたりの曲水は名前の通り非常に曲がりくねって流れている。




















山崎山に登る手前に土橋風の風雅な木橋が架かっている。




















木橋付近から山崎山の裾の方を眺めると、岩間から勢いよく清水が流れ出て川幅が広い曲水となっている。ここは辰巳用水が兼六園に流れ込んでいる入口だ。この辺りは木々が生い茂り、幽邃の境を呈していて兼六園の見所のひとつになっている。




















鶺鴒島のほうに戻り、右手にはいくつもの自然石があるがこの中に「龍石」がある。これが龍石かと思ってみないとどれかよく分からない。兼六園内の三つの要石のひとつであるが、これらは兼六園を守護する「魔除けの石とされている。そのそばに「龍石の椿」という珍しいヤブツバキもある。




















龍石の後ろのほうは山崎山下の苔地となっているが、ここには明治の初めにドイツの鉱山学教師のデッケンが住んでいた異人館があったところだ。その後、この建物は勧業博物館となり、明治末期にその建物も撤去され、跡地を苔庭にし、前方の山崎山がよく見えるようにしたという。




















明治の頃にここが勧業博物館東館で、現在の成巽閣があるところが西館であったころで、それを繋ぐ眼鏡橋が架かっていたそうだ。また、明治42年に東宮殿下(後の大正天皇)の行啓に際して、警備のためにレンガ塀を作ったその遺構が今でも残っている。

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