2014年12月21日日曜日

長町武家屋敷 薦がけ 

今回は、金沢の冬の風物詩となっている長町の武家屋敷跡の土塀に「薦掛け」を見てきた。




















「薦がけ」は、12月1日から次の年の3月中旬まで設置されるもので、薦は金沢の雪が水分を多く含んでいるので、土塀に浸透した水分が凍って痛んだり、雪解け時に土がはがれたりするのを防ぐためだという。
金沢市は1986(昭和61)年から行っていて、金沢職人大学の学生や卒業生と指導する造園庭師らが薦を土塀の腕木に縄をつるす作業をする。12月1日には見学や体験会も行われたので、多くの人が来ていただろう。





















この通りのクランクになっている場所にある「大屋家」の土塀もきれいに薦掛けされていた。
この「大屋家」は、唯一、武士の子孫が住んでいる家で、幕末から明治のかけて洋学者として活躍した「大屋よしあつ」の家で、この人は金沢に西洋文化の灯をともし、金沢に教育を定着させた人である。
ここの家は敷地が広いので、実のなる木の梅、杏、桃、栗、柿やノブキ、ショウガなど食べられる植物が多く植えてあるという。





















「長町二の橋」から見た武家屋敷の「薦がけ」で、全国の他の町にはない、なかなか風情があって、すばらしい光景だと思う。





















大野庄用水沿いの「薦がけ」
この日は用水にあまり水が流れていなかった。
「薦がけ」をする以前は、土塀がよく壊れたらしい。土塀維持、保存ため金沢市で助成金を出している。





















加賀藩士「高田家跡」の玄関を見た方からの「薦がけ」と庭の「雪吊」
この高田家は中級武士の「平士」で550石あったという。ここには現在「長屋門」と「庭」が再現されているが、残念ながら母屋はない。中に入ると平士や長屋門に住んでいた付き人の「仲間」(ちゅうげん)などについて詳しく説明書きがあるので、後日、紹介したい。





















続いて、「足軽屋敷」の玄関





















「足軽屋敷」の庭
この「足軽屋敷資料館」も中に入ると、加賀藩の足軽の生活状態についての詳しい説明書きがあるので、後日、紹介したい。