2017年10月17日火曜日

白峰から瀬名

前回の白峰の林西寺、山岸家を見た後、さらにその隣には「雪だるまカフェ」があり、コーヒーでも飲み一服しようと思ったが、ちょうどそこの店の人が出てきて4時となり店を閉めるところだった。この店は明治初期に建てられたもので、店の側面の玄関の上には、外から直接、薪などを搬入する入口がある。白峰で古くから受け継がれてきた伝統食や、雪だるまのオリジナル商品などを販売しているという。


この辺りは、日本屈指の豪雪地帯で、山村でありながら建物が密集し、明治中期ごろはいろいろな商店や施設があり、その当時の建物がそのまま残っており重要伝統的建造物群保存地区となっている。今でもその当時の面影が残っており、山奥にありながら町場のような景観を形成していて必見の価値がある所だ。



















「白峰観光」のパンフレットより












「白峰特産品販売施設 菜さい」には、堅豆腐、トチノミを使った菓子や牛首紬で作った土産物がたくさん並んでいた。



















その向かいには立派な建物の「白峰温泉総湯」があり、だれでも気軽に温泉に入れる。






次に白峰からトンネルを超えると、道の駅「瀬名」に出た。ここには以前「瀬名高原スキー場」があり、確かこの場所は駐車場であったと思う。随分前にオリンピックで優勝した有名なトニーザイラーが監修したというスキー場で、私も子供を連れて何度か来ていて、県内のスキー場では好きなスキー場だったが、いつの間にか閉鎖してしまっていた。
今では、道の駅「瀬名」に変わって、お土産屋、カフェ。レストランなどが店が並んでいて、白山スーパー林道や一里野高原などの行楽地の途中での一服する場所として多くの車が止まっていた。




















その向かいに、以前は「かんぽの宿 瀬名」があったが、これも閉鎖していた。今は「金沢工業大学」が、ここの土地を買い取り、白山キャンパスとして壮大な「国際高等専門学校(仮称)」の建物を建設中であった。最近は外国人と接する機会も多くなってきており、今後もさらに国際交流が増えることを見据えて、外国語に力を入れるための学校であろうか。





















全寮制ということなので、大自然の中でのびのびした生活と勉強ができるであろう。しかし、都会を望む学生にとっては、ちょっと不便なところである。
先日のテレビで、東京渋谷の「実践女子大」の高層マンションか大きなショッピングセンターの中にいるような豪華な校内が放映されていたが、こういうところで勉強したいという学生もいるだろう。少子化により大学側としても差別化を図り、学生を獲得するために魅力あるものに変えていこうとしているが、費用も掛かり大変だと思う。

2017年10月8日日曜日

白峰 山岸家

白峰 林西寺の続きで、さらに歩いていくと「行動寺」がある。その庫裏の上に白峰で唯一の木羽葺き屋根の上に「太鼓堂」がある。毎年、梅雨前に掃きながらすべての板をめくり、天日で乾かした後で一枚一枚葺きなおす「くれ返し」が行われる。また仏事の振れ太鼓が聞こえるように屋根の上「太鼓堂」がある。

































その隣には「旧山岸家住宅」があるが、江戸時代に天領となった白山麓18カ村の総代である大庄屋の山岸家の屋敷だそうで、大きな権限と膨大な職務を抱えていたという。したがって、屋敷は個人の住宅であるとともに、今でいう司法、警察の業務を司る役所であったという。
巨大な主屋と三階層立て、黄土色の土壁、縦長の窓に、玄関口の上部にはもう一つの出入り口がある。



















裏に回わると庭があり、その上の方の広い平らな部分やコテージがある場所、またその上の裏山にも、警察のような仕事をしていたことからいくつかの牢屋があったらしい。



















裏庭には滝石組、三尊石組、立石の守護石と一体に植栽された杉の大木、そして池の中に写実的に表現された亀石が置かれている。この亀石は不老長寿の願いとしてか大事に扱われていたらしい。



















最も奥にある部屋は仏間となっているが、天井は朱漆吹き上げ、格天井に細かい装飾がなされたきらびやかな部屋があった。



















その隣には、床の間と違い棚を備えた書院造りの立派な座敷が見えた。これらの二階縁側部には、柵を設けたベランダのようになっていた。



















木造3階建の建物は、入口が2か所設けて1階には「米蔵」と「板蔵」に分けられているという。



















他に、木造3階建の味噌蔵や接待道具、嫁入り道具、文書などが保管されていた浜蔵などの建物が主屋の近くに点在している。




















主屋の道路側に二つの門があるが、屋根付きの殿様門(勅使門)で、使われたことがないあかずのもんだそうです。その両側に背の高さ位の石垣が積まれている。

2017年10月7日土曜日

2017年10月3連休初日の金沢駅の様子

10月の行楽シーズンで、3連休の初日の金沢駅の様子(10月7日)
午前10時なので、まだ人も少ない。前田家の藩主が「能」が好きだったことから鼓形をした「鼓門」



















その中は、ガラスが300枚以上使われた「もてなしドーム」で、金澤に観光に来た人が最初に目にする景観だ。

































金沢駅構内の様子出、門型柱には県内有名作家の伝統工芸品が飾られている。



















「北陸新幹線」の改札口、新幹線が到着するたびに人でいっぱいになる。
新幹線の切符売り場
金沢に来た観光客のための案内所
駅構内にある、お土産、食事、ショッピングができる「リント」
バスの切符売り場で、観光客にとっては知らない土地での観光地への行き先や何番乗り場に行けばよいか教えてくれる。



















バス乗り場の6番は「兼六園」方向、7番は「ひがし茶屋街」方向



2017年10月4日水曜日

白峰 林西寺

「御前荘」のコテージに家族らと一緒に行ったのとは別に後日、白峰の街並みを歩いた。ここで有名なお寺である「林西寺」に行った。
ここは、717(養老元)年に泰澄大師が開基したお寺で、1473(文明5)年に蓮如上人の教えによって浄土真宗になったいう。




















隣にある「八坂神社」は白山を開山した泰澄大師がつくった薬師堂を起源とし、明治の神仏分離で八坂神社と改称しているが、現在も薬師如来を御神体としている。




















元来白峰は、越前国大野郡牛首村であり、江戸100年までは越前領だったが、白山論争の末、越前領16カ村に加賀2ケ村を加えて白山麓18ケ村は、1668(寛文8)年に天領となり、林西寺は天領における総坊(別院)の指定を受け、このことから白峰は越前でも加賀でもない独自の文化がこの白山麓の誕生しているという。
現在の本堂は1853(嘉永6)年から11年かけて再建されたが、牛首御三家のひとつの木戸口孫左衛門が私財を投げうって造られたという。




















ここには、我が国の歴史の各時代を通じ、白山の山頂に安置されていた御本地仏をはじめ多くの尊像が広く世の尊敬を集め、古来より長く信仰練行の山として栄えてきた。しかし、明治元年神仏分離令が公布されて、山頂の御安置の仏像はことごとくお山を追われることになった。
本堂の隣には、白山本地堂の建物があるが、1874(明治7)年に当時の住職が、その現状を忍び難く、それらの仏像をここに安置したという。




















このお堂の中で、ここの住職から白峰や林西寺、安置されている仏像について詳しく説明して頂いた。カメラ禁止だったので林西寺のパンフレットに載っていて物を掲載する。
「木造最澄大師座像」は1611年に越前平泉寺にて謹刻されたものを、白山弥陀ヶ原午前室堂に安置されていた。
「銅像十一面観世音菩薩立像」は、白山の主峰御前が峰(2702m)、現在の奥宮の位置に安置してあった御本地仏である。現在のものは福井の平泉寺で鋳造されたもの、重量が207キロあり、仏像を上げるために各部に分けて鋳造しホゾさしに工夫して組み立てられているという。
「銅像阿弥陀如来坐像」は白山の大汝峰の頂上、奥の院に安置されていた。
「銅像十一面観世菩薩立像」は白山旧室堂に安置されていた尊像で別鋳組み合わせづくりのなっている。この製法の初期像としては、我が国にあまり例がなく、11世紀中ごろの金銅仏としては大作で貴重な尊像といわれ国の重要文化財となっている。





「林西寺」パンフレットより






「林西寺」パンフレットより













「林西寺」パンフレットより











本堂の中の唐狭間の龍の彫刻は玄之師ぼうの作だという。今まであまり見たことがないようなすごく豪快な彫刻で、龍が仏典の巻物などを掲げているものがあった。












庫裏は1855(安政2)年の建築、書院は1826(文政9)年の建築で、加賀藩の絵師佐々木泉景などの襖絵があり、初期の井波彫刻の欄間が施されているという。屋根上には「太鼓堂」か?そして屋根上に上がるための大きな梯子が置かれていた。雪深いところなので梯子は欠かせないものであろう。




















庫裏の玄関も洒落た恰好をしており、入口の小さな屋根の下には暗くなったら明かりを付けるための提灯などをぶら下げるのであろうか?

2017年10月1日日曜日

2017初秋 長町、香林坊の新しい店

今回は、長町、香林坊付近を歩いて見つけた新しくできた2つの店を紹介する(9月28日)。長町武家屋敷の一番見どころである土塀が続く通りに、九谷焼の「鏑木商鋪」の2店目が最近できた。この通りに似あう古めかしい門に「春日山窯 木米庵」の提灯が掛かっていた。



















店内はカメラ禁止と言われたので、商品は写せなかったが、人間国宝の「吉田美統」作など有名な九谷焼作家や若手作家の作品などが並べられていた。また、この店で有名な「鏑木ワイングラス」が多く並べられていた。最近は西洋と東洋の伝統を結びつけてガラスや金属に漆器を組み合わせ九谷色絵を融合させた豪華で華麗なものが多くなっている。こんなグラスでワインを飲むとおいしいだろうなと思い欲しかったが、ちょっと高価で手が出ない。















「鏑木 ワイング...」の画像検索結果






「鏑木ワイングラス」ホームページより















玄関横の庭には、風情のある灯篭、飛石、木々が置かれていた。



















そして、その奥に1800年代の初期に春日山窯で九谷焼を再興した「青木木米の碑」が建てられていた。色とりどりの磁器などがちりばめられた台石に黄土色のリング状の石と以前、小坂神社の横の坂道で見た木米窯跡の碑と同じものが建てられていた。



















武家屋敷通りのクランク状になった角にある唯一の武士の子孫が住んでいる「大屋家」の土塀の屋根の上には秋の味覚の大きな「柿」が実っていた。



















「大屋家」の玄関横にあるアカマツが庭師によって剪定作業を行っていた。この作業により、またすばらしいマツを見ることができる。



















続いて、香林坊アトリオの横にあった北國銀行支店跡地に、地元七尾市出身の世界的に有名なパティシエ辻口博啓が手掛けるベーカリー店と2,3階にはフランスの有名なシェフであるドミニク・ブッシュ氏の監修したレストランがオープンした。香林坊に新たに「食」の一流店によって、賑わいを創れるかどうか。



















1階のベーカリ店には、辻口氏が「金沢産の有機小麦を石臼でひき、北海道や三重県産の小麦を合わせて味わいに深みのパンを焼いていく」というパンがずらりと並んでいた。店内の奥にはパンを焼いているのが見える。



















食パン、サンドイッチ、デニッシュ、クロワッサンなどどれも一つ一つ食べてみたいと思うようなパンが並べられていた。



















どんな味がするのかと思い、私も少し買った。



















店内には、テーブル席が備えられていて、買ったパンをコーヒーを飲みながらゆっくり味わうことができる。